

009
駐車場
Parking Area
駐車場でいつも思うのは、クルマを降りてから出入り口に近い所に多くの人が止めたがることだ。確かに車に乗って来るくらいだから、降りてから歩くのが嫌いだと言う人も多いのだろうけど、やたらと、どこの駐車場も施設の出入り口付近からクルマが埋まってくる。私はどちらかというと駐車する操作が苦手だ。面倒くさいというのが本当かも知れない。そんなことで、なるべく左右前後に駐車しているクルマがない広い場所を選んで止める。それと隣の車とギリギリのスペースで駐車したことで、ドアパンチなど、気分の悪いキズをつけられるのもイヤだし。だから当然、出入り口からは遠くなる。少し悔しい気持ちも残るが、歩く運動が少しでも多く出来た、と思うようにしている。私にとって駐車場はウォーキングエリアだ。

008
仮想空間
Virtual space
数年前までは、確かに仮想空間とは、現実的な空間と区別していた概念が一般的だったと思う。しかし、考えてみると現実にあるのに仮想ととらえていたのがサイバースペース…つまりインターネットなどの目には見えないが存在しているものだ。日本語で相当するものとしては電脳空間と言う言葉だろうか。結局目に見えないものだけに言葉でしかとらえどころがない。しかし、その言葉が増殖に増殖を重ね、哲学、文学、アート、経済、その他あらゆる世界を侵食して拡張し続けてしまっている。もはや、とらえどころがない数の言葉として増えてしまった。そして、言葉を超えたスペースとして存在感を増している。もう仮想とは呼べない現実がそこにはある。しかし、人は仮想が苦手だ。楽しめる仮想のうちはいいのだが、すでに現実化してしまった「仮想」には歯が立たない。サイバーテロやSNS空間での差別や混乱、そしてそこから起こる犯罪。まるで仮想が現実世界を包み込んでしまう勢いでもある。

007
フレイル
Frailty
書けなくなったことは数日前に書いたが、今度は書くことすら忘れてしまった。それはもうしかたがないと思っているのだが、なんとも情けない。決めたこと自体を忘れるのだから、もうすべもない。だが、そこはそこで気を取り直して、忘れた日の分まで書くことにする。テーマはまだ決まっていないが、書きたいことはけっこう溜まっているものだ。しかし組立が難しい。文章というものは書けば書くほど易しくなるものではないらしい。フレイルだが、加齢による体の衰えのことだ。2014年に日本老年医学会が提唱した概念で「Frailty(虚弱)」の日本語訳という。健康な状態と要介護状態の間ということで、体の機能や認知機能の低下が見られる状態のことをさすという、つまりこれから先は努力次第ということだ。介護が必要になるか、それとも努力して今の健康状態を維持していくか。書けるか、書けないか、はたまた書こうということを覚えていられるか大事な瀬戸際の状態。それが現在の私のフレイルだ。

006
パレイドリア現象
Pareidolia
三つの点の位置によって、人は同じ種類の人の顔として認識するという。いわゆる顔に見える、というやつだ。目の二点と口の一点で、確かに顔に見えるが、これは同じ仲間かどうか判断でき、そのことによって生き延びられるための能力だそうだ。生まれつきに持っているらしい。よく幼児が相手の顔をじっと見つめることがあるが、きっとそうなのだろう。この能力のせいで、いろんな生き物ではないものまで顔に見えてしまう。いいような、悪いようなチカラだが、昔からの言い伝えや伝承などに登場する生き物も、もしかすると単に三つの点かも知れない。そう考えると、なんとも夢がなくなりそうだが要は、見る側のココロの持ち方なら、別の夢も広がるかも知れない。雲や壁のシミや色んな機械などの中に、いくつもの顔をみつけるという楽しみも生まれるだろう。果たして今日はいくつ見つけるとか。

005
現金
Cash
2021年に映画俳優、田中邦衛が亡くなった。代表作ドラマ「北の国から ’87初恋」のエンディングで、純が東京へ旅立つ日、走り出したトラックの中で運転手が父から預かった現金を純へ渡す場面。その泥の付いた紙幣を見て純が涙を流す。そのシーンを見直してみた。そこで改めて気がついたのは、トラック運転手役の古尾谷雅人のセリフだ。「ピン札に泥が付いている」「オレは受け取れん!」「おまえの宝にしろ!」と純に言う。現金の紙幣には、モノとしての表現がある。デジタルマネーでそれが表現できるのだろうか。使い古され、汚れ、しわくちゃの紙幣はそれまでのドラマを秘めている。どんな場所でどんな人から人へ。そして今、自分の手の中へ。貨幣としての意味と重さに加え、渡ってきた時間とドラマを想像してみる。中国政府はデジタルマネーの実験を中国国内で始めたそうだ。世界制覇を目指す強力な武器にすることを目指してのことか。日本でも日銀が研究を始めるという。ただ数字だけの仮想通貨にもあらたなドラマが生まれるのだろうか。

004
水と光
water
水素エネルギーが注目だそう。水素は太陽光と水があれば作ることが出来る。カーボンニュートラルの救世主といわれるが、その貯蔵方法が問題らしい。大量のタンクが必要になる。水素は貯蔵に関しては効率が悪いのが理由だ。だがある化合物を組み合わせるとその貯蔵量が大幅に拡張されることがわかった。2020年5月に材料研究機構(NIMS)が発見した、磁気冷凍材料の「ニホウ化ホルニウム」がその物質。もちろん専門的な話題だが、関わりは大いにある話しだ。多くの人が知らないだけで、大きな発見だろう。月面で水素を作る事も考えている計画もある。月面には曇りの時間は無いから、太陽光を一定時間確保できる場所だ。あとは水を地下から探し出せば可能になる技術といえる。さらに火星でも生かせるだろう。あまりニュースにはならないが、火星探査で各国が競うのも本当の理由はこの辺が絡んでいるのだろう。夢と現実問題が実は隣り合わせだ。

003
講談
Kodan
講談という伝統芸能があるが、メジャーなメディアではあまり光をあびることはない。しかし、よく調べるとけっこう今の時代でも魅力ある芸能だ。近年では、女性が講談師を目指すことが多いと聞く。しゃべることに女性の方が興味があるのかはよくわからないが、講談師というと男性の声をイメージするのは今や古いのかも知れない。時々聞く機会があると聞いてみる。やはり長い時間の中で繰り返し練られた話しは小気味良く楽しめる。明治末期に「講談本」が人気だったそうだ。講談社の名前の由来もここかららしい。講談の演目としては、歴史実録、戦記物、仇討ち、三尺物などが多いが、最近人気のアニメなどにも通じるテーマもあり色あせない。「カラス「かー」で夜が明ける」。言葉一つで場面から時間軸までガラッと変えてしまう。また、その転換スピードも魅力だ。

002
ストロベリームーン
strawberry moon
今から5年ほど前の夜、十数年ぶりの満月と皆既月食が重なった。この後は15年後、という話しだったので月の写真を撮れるのももうムリかもしれないと思い、何とか数枚の写真を撮った。月は何度も撮ったことはあるけれど、その度にファインダーに見える月を見て思うのは、昔の人たちはこの月をどうとらえたのだろうかということだ。科学的な知識も少なく、夜になるとひょっこりと空に浮かぶ丸いもの。さぞや不思議なものと見えたのかも知れない。ただ、生まれたときからあるのもだし、不思議なものといえば、雷や虹、他にも動物たちの行動や雨嵐など、自然すべてが不思議の世界だったにちがいない。そんな中では不思議があたりまえで、そのとらえ方は今より自由だったのかも知れない。昔の世界も過酷で現実的であるけれど、一方ではとらえ方は自由で夢の世界でもあるし、空想がそのとらえ方を豊かにしてくれただろう。米国の先住民はすべての満月にいろんな名を付けた。6月の満月はストロベリームーンだそうだ。収穫の時期を迎えたイチゴにちなんだらしい。まさに夢の話しだ。

001
フレンチライラック
French Lilac
自慢じゃないが、花の名前はあまり知らない。覚えられないと言った方が正確だろう。自分の記憶は体験に基づいているものがほとんどだ。だから体験を伴わない名前はそもそもアタマには入らないことになっている。情けないがしかたがない。でもその数少ない花の名前でライラックは知っている。フランス語でリラ。この花にあまり体験は伴わないが、見れば名前が出てくる。この花はいわゆる外来種で寒冷地に生息する花らしい。カナダ、アメリカ、フランス、ドイツ、ベルギーなど、どちらかというと北に属する地域だ。同属でハシドイという花もあるそうでこれも冷涼な気候を好む。花がブドウの房のように咲き、観賞用の庭木に最適だ。札幌の花としても有名で祭りもあるが、いかにも外国北国文化で発展してきた街に似合う花だと思う。札幌の川下公園では、5月下旬から7月上旬まで200種にもおよぶ世界のライラックが見られる。「すみれの花咲く頃」という歌があるが、原曲は「再び白いライラックが咲いたら」という曲だ。

June 15, 2026〜
